幕末維新期の民衆・地域社会と軍事

2018年12月9日(日) 13:00〜
会場 早稲田大学早稲田キャンパス22号館201教室
当日資料代を頂きます(300円程度)。また、終了後には懇親会を設けます。

※同日11:00〜12:00に総会を開催いたします。

大会シンポジウム
13:00〜 趣旨説明
13:10〜 「幕末期の京都警衛における夫人足徴発」(仮)
                       ・・・岩城卓二氏
14:25〜 「幕末維新期の海防・開港をめぐる大坂町奉行と地域社会」
                       ・・・高久智広氏
15:30〜 コメント             
                       ・・・中野良氏

16:15〜 総合討論

〈開催趣旨〉
本企画では民衆生活を深く規定する「軍事」という要素について、近世史・近代史研究双方の成果をもとに理解を深めることを試みる。
幕藩制国家から明治政府への移行は様々な点で進行したが、なかでも軍事と民衆との関係は、近世的軍役体制を前提とした関係から、「国民皆兵」を基本理念とする徴兵制を基盤とした関係へと、社会構造と密接に関わるかたちで変化した。近代社会において、徴兵制は兵士としての経験だけでなく、制度を支えるさまざまな社会的システムや軍事施設を通じた地域的・日常的関わりを通じて人々の生活に深く組み込まれており、近代民衆史を考える上では不可欠な要素であったといえる。一方、「兵士となる」ことに限らなければ、近世社会も戦闘の際の夫役をはじめ、城下町での生活や交通関係の諸役などを通じて、人々が直接的・間接的に「軍事」と関わる社会であった。体制が変化するなかで、兵役以外の点、言い換えれば軍事を支える社会システムや地域的相互関係の次元において、軍事と民衆との関係はいかに変質し、または継続したのだろうか。そのことは、軍事という視点から民衆の経験した幕末維新期を考えるうえで、どのような論点を提示しうるだろうか。
 当該期の民衆・地域社会と軍事の関係に関して、近代史研究においては、民衆思想史や運動史研究が新政反対一揆に注目し、伝統的民衆世界の論理に基づいた兵役負担への反発という移行期の様相を描いた。だが、兵役負担を中心に論じたため、一方で兵役という回路以外の軍事−民衆関係における近世−近代の連続/断絶への言及は弱かった。90年代以降には、軍隊や徴兵制の問題を兵士の目線や地域社会との関係から捉える動きが活発化し、「天皇の軍隊」を兵士=民衆に寄り添って内在的に批判検討していく視点や、徴兵制を支える社会システムに注目し、協力や動員の側面から軍事経験を解き明かそうとする視点が提示され、近年では地域と軍隊の相互的な影響関係を都市史や地域史の視点から論じる研究も盛んである。だが、近代軍隊と人々の恒常的な接触から生み出される関係に注目するこれらの研究は、必然的に、徴兵制施行後、対象地域への軍事組織設置後が対象となり、また軍隊側が社会との交渉を重視し始める日露戦争以降に分析の比重が置かれている。
近世史研究では、体制変革という問題関心に基づき、封建的軍隊の解体と近代軍建設の動きが身分制・近世的軍役体制の崩壊という側面から注目され、それと関わるかたちで、兵賦徴発とそれへの反発、諸隊や農兵組織等の動きなど、主に「兵役」の変容に関係する諸事象を中心に論じられてきた。90年代にはいると、軍事動員体制、すなわち軍事・戦争遂行を支える兵站等の社会的仕組みの変容が持った意義を重視する軍事史研究の視角が提起された。こうした流れをふまえ、近年では幕末に活性化した軍事的諸要請と既存の社会システムとの関係を、地域史の視点を踏まえて論じる研究も進められている。このほか、戦場の社会史的研究や戦没者慰霊の問題など、幕末の地域社会・民衆と軍事との関係はより多角的に論じられるようになった。
 以上のように、近代史研究と近世史研究はともに兵役に限らない民衆・地域社会と軍事との関係を扱いつつも、国家体制の変化と徴兵制移行という断絶の存在により、関心や論点が二分化している傾向があるように思われる。だが、近世史研究の成果が示すように、幕末の民衆・地域社会と軍事との関係のあり方が一面において「近代的」軍事様式と当時の社会構造との軋轢に規定されていたとするなら、そこには両研究が協同して検討しうる課題が残されているのではないだろうか。こうした検討を通じて、結果的に、徴兵制への移行という民衆生活と深く関わり、かつ近世と近代を分かつ変化の意味をもふまえた議論が可能となろう。
 そこで本企画では、幕末維新期において民衆・地域社会と軍事とがどのようなかたちで関わっていたのかについて、畿内周辺を対象とした二つの報告を用意した。岩城卓二氏報告では、従来円滑に機能したとされる京都警衛における夫人足徴発について、徴発の実態レベルに着目し、当該期の畿内社会における夫人足をめぐる諸問題と、そのなかでも徴発が可能となった仕組みを検討する。郄久智広氏報告では、「将軍の港」として整備されていく兵庫を対象に、幕府の諸政策が地域社会との関係が変化するなかで進められていく様相を、近代との連続面と不連続面に着目しながら検討する。
以上の近世史を対象とした報告に対し、中野良氏コメントにより近代史の立場から論点を提出することで、幕末維新期における民衆・地域社会と軍事との関係を、近世・近代史研究双方の視点から考えていきたい。
徴兵制が存在しない現在においても、自衛隊の存在や技術開発、物品供給、基地問題などを通じて人々は間接的に「軍事」と関わりながら生活している。国際情勢の変化や憲法改正をめぐる議論が活発化する昨今、民衆・地域社会と軍事との関係を今一度問い直すことは、なお重要な意義を有するだろう。